大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(行ウ)60号 判決

原告

今村敏也

(ほか四名)

原告五名訴訟代理人弁護士

鈴木利廣

小野寺信一

水口真寿美

土橋実

野間啓

谷直樹

飯塚知行

寺町東子

関口正人

坂野智憲

小野寺友宏

鈴木覚

十河弘

原告今村訴訟代理人弁護士

鈴木敦士

被告

世田谷区長 大場啓二

右指定代理人

河野通孝

原田憲治

小山巳芸

栗原英昭

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1について

1  法〔編注、地方自治法〕二四二条の二第一項三号に規定する、普通地方公共団体の執行機関又は職員(以下「当該職員」という。)に対する公金の賦課徴収又は財産の管理を怠る事実の違法確認を求める訴えは、裁判所の判決により、既判力をもって当該怠る事実である財務会計上の作為義務の懈怠を確定し、当該職員に対して右作為義務の履行を促すことを目的とするものであるから、審理の対象、範囲及び既判力の客観的範囲はいずれも明確なものでなければならず、また、当該職員が当該財務会計行為を行わないことが違法かどうかの判断に当たっては、右行為について作為義務の具体的な内容、その発生時期、当該作為義務の履行の難易度など個別的な事情も当然考慮しなければならないことからすれば、その対象となる財務会計行為は、個別的、具体的なものに限られると解すべきである。

ところが、本件訴えにおいて、原告らは、世田谷区が別表記載の各製薬企業に対して有する不当利得返還請求権として、各製薬企業が販売した薬品名を明らかにしたほか、世田谷区国民健康保険特別会計から各種医療機関に対する診療報酬の支出があった時期を平成九年一二月二四日から平成一〇年五月二四日までと包括的に特定しただけであり、右の程度の特定では、各製薬企業からどの卸売業者にいつ販売され、どの医療機開にいつ販売された薬剤に対応するものであるかが明らかでなく、そのため、不当利得返還請求権の発生原因の有無、不当利得の金額、当該返還請求権をある一定の時期までに行使しないことが違法であるかなどの各点についての認定判断を行うことはできないから、個々の不当利得返還請求権が個別的、具体的に特定されているとはいえない。

2  なお、原告らは、本訴の請求のとおりの主文の判決が確定すれば、被告は、判決の拘束力により、保険給付額を調査して不当利得の額を確定の上、製薬企業に対して不当利得返還請求をすべき義務を負うと主張する。

しかし、法二四二条の二第一項三号に係る訴えは、個別的、具体的な財務会計上の作為義務の懈怠を確定して、当該職員に対し右作為義務の履行を促すことを目的とするものであり、前記のとおり、個々の債権を特定しない確定判決に基づいて当該職員が具体的な債権を調査すべきことは法二四二条の二第一項三号の予定しないところというべきである。

また、原告らは、不当利得返還請求権の成否及び額について調査、検討することも「財産の管理」に該当すると主張するが、「怠る事実」の違法確認を求める訴えの対象となる財産は、普通地方公共団体に帰属する個別的、具体的な財産であると解すべきであるから、法二四二条の二第一項三号に基づいて一般的、抽象的な存在にとどまる財産の調査、検討を「財産の管理」であるとしてその怠る事実の違法確認を請求することは許されないというべきである。

3  ところで、原告らは、本件薬剤のうち、少なくとも、アバン錠(武田薬品工業株式会社製)、エレン錠(山之内製薬株式会社製)及びセレポート錠(エーザイ株式会社製)については、世田谷区国民健康保険特別会計から保険給付金が支出された医療機関が特定できるので、右三件の支出についての不当利得返還請求権は特定に欠けないと主張し、〔証拠略〕によれば、世田谷区国民健康保険特別会計から、エレン錠二〇ミリグラム二錠については国家公務員共済組合連合会総合病院三宿病院に対する平成一〇年四月分の診療報酬が、アバン錠三錠については東邦大学医学部付属大橋病院に対する同年五月分の診療報酬が、セレポート錠五〇ミリグラム三錠については東京女子医科大学病院に対する同月分の診療報酬が、それぞれ支出されていることが認められる。

しかし、原告らは、右三件の支出を手掛りとして、請求の趣旨の具体的な特定を行わないし、右支出によっても、前記三製薬企業からどの卸売業者にいつ販売され、いつ前記三医療機関に販売されたものであるかという薬剤の流通経過が不明であり、前記三製薬企業の不当利得の額をどのように算定すべきであるのか明らかでないので(前記三製薬企業が当該薬剤の対価として取得した額が明らかでないし、また、医療機関には、世田谷区から支払われる診療報酬のほかに、被保険者から一部負担金が支払われており、流通経路をさかのぼった場合に、右診療報酬部分に対応する製薬企業の利得をどのように算定すべきであるのか明らかではない。)、なお、不当利得返還請求権の特定を欠くというべきである。

4  以上のとおりであるから、本件訴えは、請求の対象の特定を欠き、不適法である。

二  よって、その余の点について判断するまでもなく、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 村松秀樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例